大判例

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東京地方裁判所 昭和43年(ワ)11692号 判決 1969年7月16日

原告

志村為治

被告

東京トヨペット株式会社

右代理人

宮内重治

田坂昭頼

ほか二名

被告

中沢祐則

主文

原告の各請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

(原告)

一  被告らは各自原告に対し八六万六八〇〇円およびこれに対する昭和四三年一一月一六日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言

(被告ら)

主文と同旨の判決

第二  請求の原因

一  事故の発生

原告は、昭和四二年一月二七日午後六時一〇分頃、東京都荒川区東尾久一丁目三〇番一一号先道路(以下本件道路という。)を自転車(以下本件自転車という。)に乗つて横断中、左方から進行して来た被告中沢祐則(以下被告中沢という。)運転の自家用乗用自動車(足五ぬ八六六九号、以下本件自動車という。)が本件自転車の左側面に衝突したため、路上に転倒して左足関節脱臼骨折の傷害を受けた。

二  責任原因

被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故によつて生じた原告の損害を賠償する責任がある。

(一)  被告東京トヨペット株式会社(以下被告会社という。)は、本件自動車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条による責任。

(二)  被告中沢は、事故発生につき、前方不注視の過失があつたから、民法七〇九条による責任。

三  損害

(一)  積極損害

原告は、事故発生日である昭和四二年一月二七日から同年六月三〇日までの一五五日間、田畑中央病院に入院し、その後四八日間新潟県の岩室温泉で温泉療養をし、次の積極損害を受けた。

1 入院治療費三七万六一〇〇円

2 付添看護費一二万五〇〇〇円

一日につき一〇〇〇円の割合による一二五日分

3 入院雑費七万七五〇〇円

主として栄養補給費で、一日につき五〇〇円の割合による一五五日分

4 松葉杖購入費一五〇〇円

5 温泉宿泊費四万八〇〇〇円

一日につき一〇〇〇円の割合による四八日分

6 旅費四五〇〇円

上野駅から右温泉所在地までの汽車およびバス料金

7 療養中の栄養補給費一万九二〇〇円

一日につき四〇〇円の割合による四八日分

(二)  消極損害

原告は、事故当時、装身具貴金属商本多啓蔵のもとで外交販売員として稼動し、一か月平均四万五〇〇〇円の販売手数料を支結されていたが、本件事故により負傷したため七か月間休業し、その間右手数料相当三一万五〇〇〇円の休業損害を受けた。

(三)  慰藉料

原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は前記の諸事情および次のような後遺症が残つたことに鑑み九〇万円が相当である。

原告は、左下肢が1.5センチメートル短縮し、関節の機能に障害が残つたため、歩行に不自由し、また、関節の疼痛に苦しんでいる。

(四)  損害の填補

原告は強制保険金一〇〇万円の支払を受け、これを右損害に充当した。

四  結論

原告は、被告らに対し、八六万六八〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四三年一一月一六日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

第三  被告らの事実主張

一  請求原因に対する被告会社の答弁

第一項中原告負傷の点は不知、その他は認める。

第二項中同被告が本件自動車を所有していたことは認める。

第三項中(一)ないし(二)は不知、(四)は認める。

二  請求原因に対する被告中沢の答弁

第一項中衝突の点は否認し、その他は認める。本件自動車は、衝突の寸前に停車した。

第二項中過失の点は否認する。

第三項の(一)の冒頭事実中入院の点は認め、温泉療養の点は否認する。(二)は否認する。(三)は知らない。(四)は認める。

三  被告両名の事故態様に関する主張

本件道路は交通頻繁な道路であり、事故現場は信号機の設けられた交差点の直ぐ手前の地点である。被告中沢は対面する信号機の青信号に従つて右交差点を左折すべく本件道路を直進していたところ、突然、原告が信号を無視し、無灯火の本件自転車に乗つて、本件道路を斜めに横断して来たので、これを発見すると同時に急ブレーキをかけ、事故の発生を防止するため最善の措置をとつた。

四  被告会社の抗弁

(一)  責任原因の不存在

被告会社は昭和四一年七月八日頃被告会社のセールスマンである訴外橋本淳に対し本件自動車を、代金完済(その約定期限昭和四四年七月)まで所有権を留保して売渡した。

そして、訴外橋本は昭和四二年一月二三日頃訴外関東自動車株式会社との間でトヨペットコロナ一台の売買契約を結ぶにあたり、右訴外会社社長浜津明の要望に答えて、同人に対し、被告会社が注文車を納車するまでの約一〇日間、本件自動車を貸与した。しかして、本件事故は右貸与期間中に被告会社と無関係の被告中沢が発生させたのであるから、被告会社は事故当時本件自動車の運行供用者ではなかつた。

(二)  免責

仮にそうでないとしても右三のとおりであつて、被告中沢には運転上の過失はなく、事故発生はひとえに原告の過失によるものである。また、被告会社には運行供用者としての過失はなかつたし、本件自動車には構造の欠陥も機能の障害もなかつたのであるから、被告会社は自賠法三条但書により免責される。

五  被告両名の抗弁

被告らにそれぞれの責任があるとしても、事故発生については原告の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

第四  抗弁に対する原告の答弁

(一)  本件自動車の売買および貸与の事実は知らない。しかし、被告会社に登録名義がある以上、同被告は運行供用者としての責任を負うべきである。

(二)  原告の過失の点は否認する。

第五  証拠関係<略>

理由

一事故の発生

(一)  原告主張の日時、場所において、原告が本件自転車に乗つて本件道路を横断中、路上に転倒したことは当事者間に争いがない。そして、右転倒の原因が、本件自転車の左側面にその左方から進行して来た被告中沢運転の本件自動車が衝突したことにあることは、原告と被告会社との間では争いがなく、原告と被告中沢との間では、<証拠>により、認められ、右認定に反する同被告本人尋問の結果は採用しない。そして、右事故により原告が左足関節脱臼骨折の傷害を受けたことは、原告と被告中沢との間では争いがなく、原告と被告会社との間では、<証拠>により、認められる。

(二)  <証拠>によれば、事故の態様について次のような事実が認められる。

本件道路は歩車道の区別のある、車道部分の幅員16.7メートルのアスファルト舗装道路で、事故現場附近は南北に真直ぐに通じ、左右の歩道上に街路灯が設置されているため、比較的明るく、見透しもいい。そして、事故現場の南約一〇メートル先に信号機の設けられた交差点がある。

原告が無灯火の本件自転車に乗つて、本件道路を西から東へ横断にかかり、被告中沢が右交差点で左折すべく本件道路の左寄りを南進してきたとき、被告中沢の対面する右信号機は青信号を表示し、被告中沢はこれを確認していたが、原告はこれに注意を払つていなかつた。そして、被告中沢は事故現場の約一二メートル手前で本件道路の中央部を進行中の本件自転車を発見し、急ブレーキをかけ、原告はその音ではじめて本件自動車の接近を知つた。本件自動車はそのまま前進して衝突と同時に停車し、原告は衝突地点に転倒した(被告中沢本人の供述中本件自転車を発見したときの自車との距離に関する部分は採用しない)。

二責任原因

(一)  被告会社の責任原因

1  被告会社が本件自動車の所有権を有していたことは当事者間に争いがない。

2  そこで、被告会社の責任原因不存在との主張について判断する。

(1) <証拠>によれば、次の事実が認められる。

被告会社は昭和四一年七月八日頃被告会社のセールスマンである訴外橋本淳に対し本件自動車を、代金完済(その約定期限昭和四四年七月)まで所有権を留保して売り渡した。訴外橋本は買受後本件自動車を通勤および担当業務の遂行のために運転使用していた。ところが、昭和四二年一月二三日頃訴外関東自動車株式会社からトヨペットコロナ一台の注文を受けた際、訴外橋本は右訴外会社から右注文車の引渡あるまでの約一〇日間、代車の一時貸与を懇願され、被告会社には貸与できる在庫車両がなく、本件自動車を提供することにつき上司たる係長から反対の意見も述べられなかつたことから、自らの判断により、同日頃右訴外会社に対し条件を付けないで本件自動車を無償貸与した。そして、右訴外会社はこれを同社の営業部長である被告中沢に専属的に供与し、かくして、本件事故は同被告が退社の途上発生させたものである。

(2) 以上の認定事実によると、訴外橋本は本件自動車を被告会社における担当業務の遂行のために使用していたのであるから、被告会社が訴外橋本に本件自動車を売り渡したことをもつて、直ちにその運行支配を喪失したとみることはできないが、しかし、訴外橋本は自らの判断で本件自動車を顧客の便益のために貸与し、その間これを使用管理する機会を全く失い、その期間もかなりの期間に及んでいたのであるから、少なくとも右貸与の時点で、被告会社は本件自動車の運行支配を喪失し、右訴外会社の従業員である被告中沢が本件自動車を運転していた限りにおいて、その運行供用者ではなかつたとみるのが相当である。

3  以上の理由により、被告会社の主張は理由があり、原告の被告会社に対する本訴請求はその他の点を判断するまでもなく失当である。

(二)  被告中沢の責任原因

先に認定した本件道路の状況および被告中沢が本件自転車を発見したときの状況から推して、特段の事情の認められない本件においては、被告中沢は右前方不注意の過失があつたものと認められる。

よつて、被告中沢は直接の不法行為者として民法七〇九条により原告の受けた後記損害を賠償する責任がある。

三過失割合

先に認定したところによると、事故現場は信号機の設けられた交差点の直ぐ近くであるから、この附近の道路を横断する車両等は右信号の現制を受け、原告には信号無視の過失があつた。しかも、原告には無灯火および左方不注視の過失もあつたのであるから、本件道路の明るさからみて、無灯火であつたことが被告中沢に本件自転車の発見を遅らせた主要な要因であつたとは考えられないことや、本件事故が自転車と自動車の衝突事故であり、自動車の運転者は加重された度合いで交通法規上の注意義務を遵守すべき義務があることのほか、衝突の地点および部位等の諸事情を斟酌しても、原告の過失の方が先に認定した被告中沢の過失より軽いとはいえず、その割合は五分五分とみるのが相当である。

四損害

原告が強制保険金一〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがないから、本件事故によつて受けた原告の損害のうち被告中沢に請求しうる額から右保険金額を控除すべきである。

ところで、原告は積極および消極損害として合計九六万六八〇〇円の損害を受けた旨主張しているが、仮に証拠上右損害が原告の立証趣旨どおりに認められたとしても、原告の前記過失を賠償額算定にあたり斟酌すると、このうち被告中沢に請求しうる額は右金額の二分の一を超えることはない。そして、慰藉料についていえば、<証拠>によれば、原告は明治三〇年一一月一五日生れの男子であり、前記傷害を受けたため、事故発生の日である昭和四二年一月二七日から同年六月三〇日まで田畑中央病院に入院し、退院後しばらくマッサージ療法を受け、さらに、約一か月半娘婿のもとに滞在して温泉療法に努めたこと、後遺症として、左下肢が1.5センチメートル短縮し、関節の機能に障害を残したことが認められ、右事実のほか原告の前記過失等諸般の事情を考慮すると、原告の本件傷害による精神的損害を慰藉すべき額は五〇万円とみるのが相当である。

そうだとすると、原告の損害のうち被告中沢に請求しうる額が右保険金額を上回らないことは計算上明らかであり、保険金額を控除してなお残る損害額は皆無であるといえるから、原告の被告中沢に対する本訴請求も右積極および消極損害について逐一検討するまでもなく失当である。

五結論

以上の理由により、原告の被告らに対する本訴請求はいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。(倉田卓次 並木茂 小長光馨一)

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